展示替えまであと3日となりました!
前回に引きつづき、前期展示(~11/18(日))の作品をご紹介します。
今回も担当学芸員の山本さんにお聞きしてきましたよ!
秀郷草紙 下巻(「摹古絵巻」) 江戸時代 宮内庁書陵部所蔵
*将門の首を掲げて凱旋する秀郷*
山本さんは、高校の教科書にも載せられている有名な場面!と教えてくれました。
へえ~、見覚えがあるような......?
将門の首を掲げて都大路を練り歩くさまはちょっと恐ろしいですが、都の人々は噂話でもしているのかおもしろげに行列を見物しています。
しかし、実際には秀郷は上洛していなかったとされるそうです。
原本は、金戒光明寺(京都府京都市)所蔵の「俵藤太物語絵巻」とのことで、伝説化された秀郷の武勇を華々しく語る物語ゆえの描写なのでしょう。
ところで、「秀郷草紙」は【秀郷展】のチラシ・ポスター等にも使用しています。
そのデザインを拡大した玄関ポーチまたは展示室入り口のバナーにもご注目!
巨大秀郷に見下ろされる生首になった将門という構図がなんとも言えない迫力のひと品となっております!
平家物語図屏風 六曲一隻 室町時代(16世紀) 神奈川県立歴史博物館所蔵
*『平家物語』の中世に遡る絵画資料!*
源平合戦を描く絵画作品は江戸時代に多く制作されたそうで、中世末のものである本屏風はとても珍しいものだと言います!
少し小さめの屏風ではりますが、『平家物語』の有名場面がいきいきと描かれています。
特に注目は、第四扇(右から4つめのパネル)の「橋合戦」で、秀郷の子孫である足利忠綱が、弱冠17歳ながら勇敢にも先陣をきって宇治川に突入する場面が描かれているんだそうです!
さすがは秀郷の子孫。あっぱれです!
ちなみに、「平家物語図屏風」の右隣には、小堀鞆音(1864~1931)が描いた「足利忠綱宇治川先陣図」も展示されています(通期)。
矢を射掛けられつつも川を突き進む忠綱を描く栃木県指定文化財の作品です。
ヒュンと音がしそうなくらい勢いのよい矢の描写、揺らめき渦巻く川の表現など、臨場感ある様子からイメージがふくらみますね。
結城合戦絵詞 一巻 室町時代 国立歴史民俗博物館所蔵
*重要文化財!現存部分全部見せます!*
最初の絵は、室町幕府と鎌倉府との対立による永享の乱に破れた鎌倉公方足利持氏が永安寺で自害する場面です。
次の詞書には、持氏の遺児春王丸・安王丸が日光山に逃れ、結城氏朝にかくまわれて結城城に籠城するも落城し、顔兄弟は女装をして落ちのびようとしたところ捕縛処刑され、城主の結城氏朝も自害させられた、という結城合戦の顛末が書かれています。
最後の絵は、結城城落城後、女装した春王丸・安王丸兄弟が捕まる場面です。
実は、兄弟を捕縛する幕府側についた小山持政は、結城氏朝と兄弟の関係にあたるのだそうです!
二人の父泰朝(のち満泰)は小山氏から結城氏に入った人物で、氏朝もまた結城氏の養子となりました。
結城氏と小山氏の密接な関係がうかる一方で、兄弟が結城合戦によって対立することとなってしまったとは、因果なことです。
*結城合戦に関係する文書もあわせて公開!*
山川家文書のうち、足利義教から小山持政にあてた書状を3点公開しています(通期)。
絵巻で語られる物語とは違った結城合戦の生々しい様子が伝わってきます!
①「足利義教感状」 永享12年(1440)(展示番号95)
結城合戦が開始した4月17日の合戦で、持政の配下の河尻助三郎らの働きにより結城勢を撃退できたことについて褒める(5月3日)。
(同年7月頃から幕府軍による本格的な結城城の包囲行われるが、まもなく膠着)
②「足利義教御内書」永享12年(1440)(展示番号96)
兵糧攻めにして早く戦局を進展させるようにと命じる(9月8日)。
③「足利義教感状」 永享12年(1440)(展示番号97)
結城攻撃を褒める(12月11日)。
(翌、嘉吉元年(1441)4月16日の幕府軍総攻撃により、約1年間にわたって続いた結城合戦は終結)
※今回ご紹介した「秀郷草紙」下巻(「摹古絵巻」)、「平家物語図屏風」、「結城合戦絵詞」は前期のみの展示です。
展示替えまであと3日!!
皆さまお見逃しなく!!!
<前期展示編 終>
(人文課 久野)
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