下野国長沼荘(真岡市)を本拠とした長沼氏は、平安時代の中ごろに平将門の乱を鎮圧した下野の武将藤原秀郷の子孫にあたります。源頼朝の鎌倉幕府樹立に多大な貢献をし、幕府の重臣となりました。承久3年(1221)、後鳥羽院が幕府執権の北条義時に対して討伐の兵を挙げて敗れた承久の乱では、幕府方として従軍し功績をあげました。その恩賞として淡路国(兵庫県)守護職を拝領し、以後、長沼氏は鎌倉時代を通じて淡路国の治安維持にあたりました。南北朝時代に戦乱の影響で多くの所領を失ったものの、室町時代には復活をとげ、関東を代表する有力大名(関東八屋形)へと成長しました。戦国時代には、下野国皆川荘(栃木市)に本拠を移し、新たに皆川氏を名乗って活躍を続ける一方で、織田信長や徳川家康ら天下人とも緊密な交流を持ち、戦国の世を巧みに生き抜きました。
令和3年(2021)は、公武の力関係を大きく変え中世社会の様相を決定づけた承久の乱から800周年にあたります。本展では、長沼氏から皆川氏へと伝来した貴重な歴史資料「皆川文書」(個人蔵、栃木県立博物館寄託)を中心に、下野の名門武士団長沼氏と皆川氏の足跡をたどるとともに、長沼氏が承久の乱で功績を挙げた証である重要文化財「淡路国大田文」を特別に公開します。
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<大ムカデと戦う俵藤太こと藤原秀郷> No.1 俵藤太物語絵巻 上巻(部分) 江戸時代 当館蔵 |
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<小山政光の次男宗政が長沼氏を名乗る> No.2 皆川氏系図(部分) 江戸時代 個人蔵(「皆川文書」個人蔵のうち、以下同じ) |
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<長沼宗政が作成した淡路国の土地台帳> No.3 淡路国大田文(国重要文化財)(部分) 貞応2年(1223) 個人蔵 |
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<長沼宗政が所領・所職を息子時宗に譲る> No.4 長沼宗政譲状 寛喜2年(1230) 個人蔵 |
<長沼時宗が下野国御厩別当職を息子に譲る> No.5 長沼時宗譲状 建長元年(1249) 個人蔵 |
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<長沼秀行が淡路国守護職を除き 所領・所職を安堵される> No.6 後醍醐天皇綸旨 建武元年(1334) 個人蔵 |
<長沼秀行が足利尊氏方として戦う> No.7 上杉重能書状 南北朝時代 個人蔵 |
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<長沼義秀が重病のため、孫憲秀に家督を譲る> No.8 長沼義秀書状 応永25年(1418) 個人蔵 |
<長沼義秀の死去にともない、早世した孫憲秀の 弟次郎が鎌倉出仕を命じられる> No.9 鎌倉公方足利持氏書状 室町時代 個人蔵 |
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<皆川広照の使者に伝馬を 差し出すよう命じる> No.10 織田信長伝馬朱印状 天正9年(1581) 個人蔵 |
<北条氏直との沼尻合戦(栃木市)の戦況を 徳川家康に伝える> No.11 皆川広照書状 天正12年(1584) 個人蔵 |